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ものづくりの記録

3Dプリンタ用フィラメントの引張試験

FDM(熱融解積層)方式の3Dプリンタを活用したパワード義足開発プロジェクトを進めています。3Dプリンタ出力品の強度改善の必要があり、新しいフィラメントを選定しています。手配したフィラメントの強度を引張試験により比較しました。 この記事では、試験方法と試験結果、およびその考察をまとめました。

新JIS規格について

2020年2月に3Dプリンタ用PLAフィラメントの規格が制定されました。フィラメントに必要な材料特性10項目について試験方法が定義されており、将来的にJISに基づくスペックが提示されたフィラメントを購入できるようになるかもしれません。
詳細は別の記事にまとめました。 neet2121.hatenablog.com

最終造形物の強度についてはこの規格の範囲外ですが、フィラメント自体の強度が造形物の積層方向強度やアニール処理後の強度にも大きく影響すると考えています。
今回は高強度なフィラメントの選定を目的とし、JIS規格を参考に引張強さの評価を行いました。
なお、引張強さの評価はJIS L 1013「化学繊維フィラメント糸試験方法」が参照されています。

引張試験と引張試験装置

引張試験は、材料をゆっくり引っ張り破断させることで、様々な材料特性を測定する最も基本的な材料試験方法です。
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引張試験機は材料を引っ張って荷重や伸びを計測する装置です。
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校正済みの試験機を購入したり検査機関/専門業者に依頼する方法がありますが、安く済ませるために引張試験機を自作しました。 自作引張試験機の詳細は別の記事にまとめています。
neet2121.hatenablog.com

今回、平板試験片用のチャック(掴み部)から、フィラメント用に変更しています。
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楔(くさび)の効果でフィラメントを締結する仕組みです。
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Ver1はチャック根元で破断することが多く、チャックの応力集中が原因と思われたため、Ver2で応力集中を緩和する構造に変更しました。繊維用チャックとして市販されている構造を参考にしています。
https://www.instron.jp/ja-jp/products/testing-accessories/grips/wire-cable/2714-010www.instron.jp

引張試験機の全体像です。
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デジタルフォースゲージにより引張荷重を計測することができ、ピークホールド機能により材料が破断に至るまでの間の最大荷重を計測できます。荷重と伸びの関係のグラフ(=応力ひずみ線図)は作成できないため、ヤング率や耐力、降伏応力は計測できません。

引張試験方法

試験を行った手順は次の通りです。JIS規格の要求事項通りでない箇所は、JIS規格との差異を記載しています。

  1. 新品のフィラメントと、開封して時間が経ったフィラメントを使用しました。(JISは開封直後の試料の採取を要求)
  2. 全てのフィラメントを7時間45℃で熱風乾燥させたのち、2時間室温(24~25℃)に放置しました。(JISは温度20 ℃±2 ℃,相対湿度(65±10)%の条件下で4時間以上放置する規定)
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  3. フィラメントをチャックにセットし、原標点距離のマーキングを実施しました。原標点距離は、引張応力が均一になるチャック間の領域として、25mmとしました。(JISではつかみ間隔が伸びの基準です。考え方は同じですが、JISは250~300mmと大きいです)
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  4. デジタルフォースゲージをリセットし、ピークホールド機能を有効にしました。
  5. 引張試験機のハンドルを手でゆっくり回し、破断、あるいは装置の機械的な上限まで材料を引っ張りました。(JISではつかみ間隔によって引張速度300~500mm/minの規定)
  6. 最大荷重を引張強さとして記録しました。また、破断したフィラメントを突き合わせて標点間距離を計測し、次式から破断伸びを算出して記録しました。
    破断伸び=(破断後の標点距離ー原標点距離)/原標点距離 × 100
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試験対象

試験を行ったフィラメントは次の通りです。それぞれの試験対象で5サンプルを試験しました。

発売元 商品名 開封 備考
FlashForge MODERA:PLA Standard 500g 2020年10月23日
FlashForge Filament PLA 500g アイスブルー 2020年1月 *1
FlashForge Filament ABS 500g ライトグレー 2020年4月4日 *1
FlashForge Filament ABS 500g ブラック 2020年9月6日 *1
ANYCUBIC 1.75mm PLA 3D Printer Filament Black 2020年12月16日
SUNLU PLA Carbon Fiber 1.75mm Filament 1kg 2020年12月16日

*1: 開封後に防湿対策せず保管しており、吸湿による劣化や加水分解が進行している可能性があります。

FlashForgeのMODERA:PLAは造形物の綺麗さや造形後の研磨のしやすさを向上させるためにフィラーが添加されている高機能PLAです。フィラーの成分は開示されていません。
ANYCUBICのPLAは強度の高さで人気のフィラメントです。
SUNLUのPLA Carbon FiberはPLAに炭素繊維が添加されており、こちらも強度の高さで人気のフィラメントです。ただし、炭素繊維によりノズルが摩耗しやすいため注意が必要です。
その他のフィラメントは手持ちのものを使用しました。

試験結果

引張強さと破断伸びの全ての計測結果は次の通りです。
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*1: 引張試験機の機械的な上限まで引っ張っても破断しなかったデータです。原標点距離の範囲外で大きく伸びたデータが含まれます。

破断後の代表的な様相です。

試験対象 側面 断面
FlashForge MODERA f:id:neet2121:20201231003926p:plain f:id:neet2121:20201231004940p:plain
FlashForge PLA アイスブルー f:id:neet2121:20201231004800p:plain f:id:neet2121:20201231004954p:plain
FlashForge ABS ライトグレー f:id:neet2121:20201231010559p:plain f:id:neet2121:20201231010623p:plain
FlashForge ABS ブラック f:id:neet2121:20201231010638p:plain f:id:neet2121:20201231010646p:plain
ANYCUBIC PLA f:id:neet2121:20201231010701p:plain f:id:neet2121:20201231010711p:plain
SUNLU PLA Carbon f:id:neet2121:20201231010719p:plain f:id:neet2121:20201231010729p:plain

考察

比較のため5サンプルの平均値と95%信頼区間を求めます。 f:id:neet2121:20201230203922p:plain

1. 引張強さと伸びのバラつき

引張強さについては5サンプルのバラつきが小さく、フィラメントの特性を比較しやすいデータが得られました。チャックの形状を工夫し応力集中を防いだ効果があったようです。
一方で、破断伸びについては、FlashForge PLA アイスブルーやANYCUBIC PLAのバラつきが大きい結果となりました。原因は伸びが生じる範囲が標点距離の範囲外となるケースがあったためです。平均値と真の値がズレている可能性があり、結果の評価には注意が必要です。

2. FlashForge MODERAの特徴

計測対象の中で最も引張強さが低い結果となりました。破断面では他のフィラメントより凹凸が目立ちました。フィラーの添加によりマットな質感や研磨処理のし易さを付加した高機能PLAですが、一方でフィラーの添加により引張強さが低下している可能性が明らかになりました。強度よりも外観が重視される用途が適していると思われます。

3. ANYCUBIC PLAの特徴

カーボンファイバー入りを除くPLAとしては最も引張強さが高い結果となりました。JISの3段階評価では100N以上200N未満で2番目の評価となり、このフィラメントが該当します。
また、3つのサンプルで破断に至らず、広い範囲で絞りが生じる特徴的な伸びが見られました。延性が非常に高いと言えます。押出中のフィラメントの折損が防止されたり、(溶融状態での物性値は不明なものの)ノズルで押出し易い可能性があります。

4. SUNLU PLA Carbonの特徴

計測対象の中で最も引張強さが高い結果となりました。メーカーが提示しているスペックは11~14kgF(=108~137N)であり、計測結果はメーカー提示値の下限と同等な結果となりました。カーボンファイバーによる効果と思われますが、引張強さは他のフィラメントに対して劇的なメリットではないように思います。
一方で、破断伸びは他のPLAフィラメントに比べて極端に小さい結果となりました。今回はヤング率を計測できていませんが、荷重に対する変形が極端に小さいフィラメントであると言えます。引張強さよりも剛性(たわみの小ささ)を重視するような機械部品では大きなメリットになります。

5. PLAとABSの比較

FlashForgeのPLAとABSを比較すると、引張強さはほとんど変わりません。一方で伸びに大きな違いがあり、ABSの方が伸びが小さい結果となりました。ABSの方が柔軟と思っていたので以外な結果でした。ヤング率は評価しておらず、ヤング率では結果が逆転する可能性もあります。
経験上、ABSは積層割れしやすいです。破断伸びが小さいことで耐クラック性が下がり、積層割れしやすい、というメカニズムも一つの理由かもしれません。

まとめ

フィラメント選定のため、新しいJIS規格を参考に引張試験による比較を行いました。引張強さの違いや破断伸びの違いが明らかになり、それぞれのフィラメントでバラエティ豊かな特徴があることを確認できました。
今後は平板試験片により積層方向強度の評価を進め、安全率を考慮して設計上の許容応力を決定したいと思います。