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ものづくりの記録

Adventurer3×ABSフィラメントで耐圧部品を作ってみた

FDM方式(熱溶解積層方式)の3Dプリンタは、積層方向の強度や気密性を得ることが難しく、耐久性に期待してABSフィラメントを使用しても積層面からパリっと割れてしまうことがあります。3Dプリンタ×ABSフィラメントで強度部材や耐圧部品を作るにはどうすれば良いか、バルブケーシングの製作事例により解説します。

※安全性が要求される部品に適用する場合は、各自の責任において十分に検証を行ってください。(適切な安全率、実荷重での試験、経年劣化を考慮したメンテナンスなど)

参考資料

  1. 耐圧3Dプリンティングの出力設定は、巴波重工さんのブログ(≒ラジオライフ2020年3月記事)を参考にしました。PLAで3MPaGという驚異的な耐圧性能を実証しています。 www.uzmlab.com

  2. レンズなどの透明部品で空隙を作らないための出力設定が掲載されており、積層方向の強度低下に対する考察で参考にしました。上記記事からの孫引きです。 fenneclabs.net

  3. 出力要領を取り決め、その強度を実証する考え方は、溶接技術におけるWPS/PQR(溶接施工要領書/溶接施工法確認試験記録)をベースにしています。
    http://www-it.jwes.or.jp/lecture_note/pdf/public/4-2.pdf

製作手法の概要

できるだけ工学的なアプローチを目指し、必要十分な形状を「設計」する仕組みをデジタルファブリケーションDIYに取り入れてみます。具体的には以下の工程を実施します。

  1. 3Dプリントの品質と強度を安定させるため、高強度な出力要領を策定する。
  2. テストピースの引張試験によって引張強さを計測し、出力要領とその強度を紐づける。
  3. 設計者CAEで所定の安全率が確保されることを確認し、不十分な場合は設計を見直す。
  4. 出力要領に従って本番出力を行う。
  5. 実荷重や実圧力による実体強度試験を行う。 f:id:neet2121:20200418235212p:plain

ABSの積層方向強度が低下するメカニズム

PLAに比べABSは安定した出力が難しく、次のような現象に悩まされるケースが多いです。

  • 出力途中にラフトが剥がれ、反りかえった形状で出力される。
  • 完成品に力を加えると(または出力途中に)、積層面にクラックが入り、剥離するように割れる。
  • 特に積層面積が急変する箇所の強度が低下する

ABSはPLAよりもガラス化遷移温度が高く、ノズルから吐出される樹脂の温度が高いことが、これらの現象の原因と考えられます。ラフト剥がれの原因と対策については別の記事にまとめています。積層方向強度が低下するメカニズムについて下図の仮説を立てました。 f:id:neet2121:20200423232414p:plain ノズルから吐出される樹脂の温度が高いため、ある層のある部分が積層されたのち、同じ部分に次の層が積層されるまでの間に成形品の冷却と収縮が進行します。結果、3Dプリンタの設定上のレイヤー高さに比べ実際のレイヤー高さが広がることで樹脂の供給不足が生じ、空隙(ボイド/巣)となって積層方向の強度低下を引き起こすと考えています。 特に積層面積が急減する箇所では、成形品への入熱が急減することから、冷却と収縮がより顕著に生じ、樹脂供給不足による積層方向の強度低下がより発生しやすいと想定しています。

実際に積層面積を急減させるテストピースを出力し、破断させて破断面を観察しました。
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押出率パラメータを変えて樹脂供給量を増やしたところ、破断面に有意な差異が見られました。

高強度出力要領

積層方向の強度が最大となることを狙い、出力要領を検討します。巴波重工さんによると、樹脂の層同士を密着させるために次の設定が良いとされています。

  • 出力スピードは極力遅くする
  • 積層厚は極力薄くする
  • ノズル温度は極力高くする
  • 樹脂の吐出量は標準より多くする

さらに、ABSの冷却と収縮により積層方向強度が低下するとの仮説を元に、次の指針を出力要領に加えます。

  • エンクロージャ内部をできるだけ(装置に異常が出ない範囲で)高温に保ち、ABSの収縮量を減らす
  • 樹脂の吐出量をさらに増やし、空隙を埋める
  • 余分な樹脂による肉厚増加に対し内外径寸法を補正する

以上の指針から各パラメータを微調整し、出力要領としてまとめました。 詳細は出力要領データベースの要領書No.「ABS-Hydro-01」を参照ください。

出力要領に対する引張強度の検証

材料の強度が良くわからなければ、当然「設計」は成り立ちません。出力要領とその強度を紐づけることで、初めて3Dモデルの強度を評価できる(=設計できる)ようになります。強度と一言でいっても指標は様々ですが、FDM方式では特に積層方向の引張強度が問題になります。

引張強度を計測するために引張試験機を製作しました。詳細は次の記事にまとめています。 neet2121.hatenablog.com

引張試験の結果は、出力要領データベース「ABS-Hydro-01」にまとめています。積層方向強度の平均値は18.4MPaでした。

今回、Adventurer3のABS用標準設定と出力要領「ABS-Hydro-01」を比較しました。
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ABS-Hydro-01の積層方向強度は標準設定の2.9倍の高強度化を達成できました。水平方向強度はフィラメントそのものの強度と考えられるので、標準設定では未計測です。なお、文献では積層方向強度は水平方向強度の1/3~1/2のデータが多く、妥当な数値と考えられます。

設計者CAEによる強度評価

円筒や平板、梁など単純な形状であれば手計算で強度を評価できますが、複雑な形状では手計算ができません。そこで活躍するのが設計者CAEと呼ばれるシミュレーションです。

設計者CAEの手順や、強度評価の考え方は別の記事にまとめています。 neet2121.hatenablog.com

今回はバルブケーシングの設計において、安全率を4と設定しました。出力要領の確認試験結果より引張強度は18.4MPaのため、許容応力は18.4/4=4.6MPaです。

設計者CAEの結果、積層方向応力の最大値はちょうど4.6MPaで、ギリギリ許容応力を満足する結果でした。

本番出力

Adventurer3でABSフィラメントを用い、出力要領「ABS-Hydro-01」に従って本番出力を実施しました。 f:id:neet2121:20200429202428p:plain
f:id:neet2121:20200429202903p:plain 特に出力に問題はありませんでした。
このバルブの詳細については、いずれ記事にまとめたいと思います。

耐圧試験による実証

耐圧試験とは、加工完了した部品に対して実際に加圧し、異常な変形や漏れがないことを確認する試験です。通常は設計圧力の1.5倍を加圧して試験します。バルブケーシングの設計圧力は0.3MPaとしており、今回は1.5倍の0.45MPaを加圧して異常な変形や漏れがないことを確認します。
  f:id:neet2121:20200429193244p:plain f:id:neet2121:20200429193700p:plain 試験装置は図の通りです。試験体に水道水を満たし、フロアポンプでチューブ内に空気を送り込んで加圧する形式としました。スロットルバルブを微開にしておくことで、試験体が破裂した場合でも安全に減圧できるようにしています。(試験体を空気で満たした場合、試験体破裂時に圧縮エネルギーにより部品が飛散して危険)
  f:id:neet2121:20200429193725p:plain 結果、3Dプリンタ出力部品の破裂や層間からのリークは無く、試験片による引張試験で得られた強度を実証することができました。 一方で、Oリング部では微小なリークが見られましたが、Oリングの潰れ代の変更で改善できる見込みです。

出力要領と実強度のデータベース化について

同じ装置、同じフィラメント、同じ出力要領で3Dプリントすることで、同じ強度を得られると考えています。各人が面倒な引張試験をしなくても、出力要領と引張試験結果を参照することで、設計者CAEにより容易に3Dモデルの強度を評価できるようになります。家庭用3Dプリンタとして利用者が多いAdventurer3ではそのメリットも大きくなります。3Dプリンタでメカ部品を製作するにあたり、ぜひ活用頂けると幸いです。 f:id:neet2121:20200419014417p:plain
  強度部材・耐圧部品のためのABS高強度出力要領「ABS-Hydro-01」はこちら

まとめ

  • バルブケーシングの製作を通じ、3Dプリンタで強度部材・耐圧部品を工学的に製作する一連のアプローチを実践しました。
  • Adventurer3のABS標準設定の2.9倍の高強度化が可能な出力要領を策定し、データベースに公開しました。
  • 今後は他のフィラメントについてもデータベースを充実させ、必要な強度に応じてフィラメントを選定できる仕組みを構築したいと考えています。