3Dプリント造形品に対する『塩釜焼』実験
熱融解積層方式の3Dプリンタで出力された造形品に対し、「塩釜焼」のような見た目で強度を改善する手法が紹介されました。テストピースに対してこの手法を適用し、引張試験により強度を評価しました。
結果として期待した効果は確認できませんでしたが、得られたデータを本記事に整理しました。
参考資料
日本国内に最初に本手法を紹介したina_aniさんの記事です。 inajob.github.io
こちらが原典で、HACKADAYに投稿された記事です。 hackaday.com
塩釜焼のメカニズムを理解するために、Nature3Dさんのアニール処理の記事を参考にしました。 nature3d.thebase.in
メカニズム
3Dプリント造形品は積層方向の強度が出にくい問題があります。強度を改善する手法としてアニール処理が知られています。アニール処理は造形品をオーブンなどで保温することで、PLAの結晶化を促進して強度を改善したり、造形時の残留応力を緩和する手法です。アニール処理では温度を上げ過ぎると造形品の変形が大きくなります。
一方で塩釜焼では、造形物を塩に埋め、アニール処理よりも高温で保温することが特徴です。塩の効果で変形が抑えられます。
熱処理条件と方法
テストピース
フィラメントはANYCUBIC社のPLA BLACKを使用し、耐圧3Dプリント用の高強度な出力要領で出力しました。 形状はJIS K 7139 A12に準拠しています。
熱処理条件
通常のアニール処理に近い温度として100℃と、原典の230℃に近い温度として200℃の2ケースで実験を行いました。(原典はオーブンの設定温度ですが、今回の実験では塩釜中心部の温度で管理しています)
保温時間について、塩釜中心部が目標温度に到達してから20分としました。(原典では、加熱開始から最小45分とされており、原典から管理方法を変えています)
また、比較用として通常のアニール処理を100℃で実施しました。
熱処理方法
最初に塩をコーヒー豆用のブレンダーで微細化します。
耐熱容器(ダイソーの耐熱ガラス容器)に塩を入れ、テストピースを塩に埋めます。熱電対を中心部に埋め、温度管理に用います。
原典ではこの上に重りを置いていますが、塩釜を強固に加圧するため、クランプで圧縮します。
オーブンに入れて加熱します。
オーブンの設定温度と塩釜中心部の温度は差が大きいため、塩釜中心部の温度が目標温度になるようにオーブンの設定温度を調整します。
目標温度にて目標保持時間が経過したしたのち、ガラス化遷移温度以下になるまでオーブン内でゆっくり冷やします。冷却だけで50分程度かかりました。
塩釜から造形物を取り出します。100℃よりも200℃の方が塩が固くなっていました。
比較用に、通常のアニール処理として、オーブン内に露出した条件でも加熱を行いました。
結果と考察
外観
塩釜に入れずにオーブン内に露出した条件で保温したところ、テストピースが大きく反ってしまいました。(100℃×20分)
同じ熱処理条件でも、塩釜焼では反りが出ません。(100℃×20分)
熱処理温度を200℃に上げると、全体的に白く変色し、バリや陥没穴、割れが生じました。(200℃×20分)
強度
自作引張試験機により積層方向の引張強度を評価しました。
期待していた強度ですが、熱処理前よりも下がる結果となりました。特に熱処理温度を200℃まで上げると、大きく強度が低下してしまいました。
考察
アニール処理によって変形が生じるかどうかは、フィラメントの性質やモデルの形状によると考えられます。変形が生じやすい条件でも、塩に埋めることで変形を抑えた処理が可能なようです。
今回のケースでは強度は改善されませんでした。今回のテストピースは耐圧3Dプリント用に強度を追い込んだ条件(特に押出率を上げた条件)で出力してあり、ガラス化遷移温度以上の温度で保持することによって得られる結晶化の促進や残留応力の除去の効果が出にくかったためと考えています。
熱処理温度200℃では外観に大きな変化が見られ、強度も大きく低下しました。引張試験後の断面を見ると、モデル内部に大きな空洞が生じていました。再溶融によってPLA樹脂が流れ、バリや陥没、大きな空洞が生じたと考えられます。
まとめ
- テストピースに対して塩釜焼熱処理を実施し、引張試験により強度を評価しました。
- 通常のアニール処理に比べ変形を抑える効果を確認できました。
- 一方で、強度を追い込んだプリント条件に対しては、それ以上の強度改善の効果が見られませんでした。