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ものづくりの記録

3Dプリンタ用PLAフィラメントのJIS規格

2020年2月に注目すべき規格が制定されました。JIS K 6821「3Dプリンタ用ポリ乳酸フィラメント」です。JISでは初めてFDM(熱融解積層方式)3Dプリンタに特化した規格で、世界でも先進的な取り組みのようです。
FDM3Dプリンタのフィラメントの選定は悩ましい問題で、試行錯誤やSNSの情報を頼りに選定しているのが昨今の実情です。粗悪品を排除し、必要な仕様に応じて適切な選定をするための規格化が待たれていました。
規格の要求事項から注目ポイントと適用できる限界を読み解き、想定される活用方法をまとめました。

規格概要

JIS K 6821「3Dプリンタ用ポリ乳酸フィラメント」

  • 10項目の材料特性について測定方法を定義
    (①真円性、②引張強さ、③引掛け強さ、④吐出安定性、⑤連続吐出性、⑥耐加水分解性、⑦揮発性化学物質発生量、⑧乳酸ポリマー含有量、⑨融点、⑩フィラメント径)
  • 材料特性をひと目で比較できる3段階のレーダーチャートを使った表示など、材料特性の表示を要求
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  • 初期ロット及び製造設備変更時は上記10項目の試験を実施し、受渡時は製造ロット毎に①真円性、②引張強さ、③引掛け強さの試験を実施することを要求

注目ポイント

全体的な傾向として粗悪品の排除を重視しているように感じました。その中でも2つの材料特性について取り上げます。

加水分解

PLA(=ポリ乳酸)のフィラメントは吸湿による加水分解の問題があります。最近ではホビー用途でも防湿・熱風乾燥が考慮されるようになってきました。耐加水分解性はPLAフィラメントの重要な特性ですが、メーカースペックでも通常公開されておらず、ユーザー側で比較する手段がありませんでした。この規格には耐加水分解性の評価項目があり、条件に従って加水分解を促進させ、加水分解後の引張強さにより耐加水分解性を評価する項目が規定されています。重要な材料特性の評価が要求されており、先進的です。

吐出安定性

フィラメントに異物が混入していたり、太さが均一で無いと、ノズルから吐出される樹脂量が一定とならず造形品質が低下します(*1)。この規格では専用吐出試験機を使って吐出安定性を評価する項目が規定されています。吐出安定性の評価により粗悪品の排除に役立つと考えられます。
評価方法が分かりにくいのですが、読み解くと以下の通りです。

  • フィラメント押出モーターの負荷電流の大きさを計測する。
  • 負荷率P=負荷電流の大きさ[A] / 定格電流の大きさ[A] * 100
  • 予備運転後の0分~30分の運転における負荷率の最大値と最小値の差ΔP(0-30)を求める。
  • 同様に30分~60分の運転における負荷率の最大値と最小値の差ΔP(30-60)を求める。
  • ΔP(0-30)とΔP(30-60)の平均値を求め、これを吐出安定性とする。

負荷率の増減での評価は簡易で現実的な方法と考えられますが、一方で負荷率は使用するモーターの定格電流の大きさやフィラメントの平均的な押出し易さに依存するため、評価の公平性としては若干の疑問が残ります。(定格電流の大きいモーターを使用し、押出し易いフィラメントを試験すると、負荷率が下がり、見かけの吐出安定性が良くなる)

*1 参考文献: 3Dプリンター用フィラメントの品質性の評価について

適用できる限界

フィラメントの品質について要求事項をまとめた先進的な規格ですが、3Dプリントの視点では将来的な規格化が期待される内容がいくつかあります。

造形物の強度異方性

最終的な造形物の強度はこの規格には含まれません。FDM3Dプリンタは積層方向強度が弱くなる強度異方性の問題があり、その強度の大きさは様々な要因に左右されます。当方の見解としては、出力した試験片による積層方向強度の評価と、最終製品の実体強度試験による評価が造形物の強度評価に必要と考えています。

ノズルでの加熱やアニール処理による強度改善

ノズルでの樹脂の加熱や造形後のアニール処理では、PLAの結晶化により造形物の強度が改善されます。結晶化し易さ(結晶化速度)は、フィラメントへの添加物(フィラー)によって制御できます。強度に影響する材料特性として重要と考えますが、現状では規格に含まれていません。

想定される活用方法(ユーザー視点)

今後、国内フィラメントメーカーでは規格に従ったスペックの提示が広がる可能性があります。一方で、海外フィラメントメーカーに浸透するかは疑問が残ります。
おそらく最初に活用が進むのは企業系で、ユーザーがフィラメント選定のために工業試験場などの試験機関などを利用し、購入したフィラメントを試験する事例だと予想しています。ただし、この事例では試験結果は表に出にくいです。
当方のような個人Makerがこの規格を活用できるのはもう少し先になりそうです。例えば、国内フィラメントメーカーが人気のある海外製フィラメントに対抗するために活用する可能性はあります。あるいは、公的な機関が国内外のフィラメントの材料特性を比較し公表するような動きがあれば、フィラメント選定に多いに役立つ可能性があり、期待しています。

(参考) JIS規格原文を見る方法

JIS規格の原文にアクセスする方法を2つ紹介します。

まとめ

JIS K 6821「3Dプリンタ用ポリ乳酸フィラメント」について紹介しました。粗悪品の排除に役立つ検査がいくつか要求されており、適用が広がることでユーザー側が品質の良いフィラメントをより安く入手できるようになるメリットがあります。一方で海外フィラメントメーカーにおいて適用が進むかは未知数で、国内フィラメントメーカーや公的な機関による規格活用が進んでいくか、引き続き注目していく必要があります。