DIYパワードスーツプロジェクトの中間目標として、パワーアシスト実証機を製作しました。パワーアシストの仕組みと実証機の開発過程を記事にまとめました。
何を作ったか
ハンド型のパワーアシスト実証機を作りました。
3Dプリンタ(+金属部品)で、水道水を使ったパワーアシストシステムできた!! #Adventurer3 #Fusion360 pic.twitter.com/WfqwJIck8n
— Nii (@neet2121) 2020年7月28日
パワーアシスト実証機を初エア駆動!良し👍 pic.twitter.com/kauwWdm7EQ
— Nii (@neet2121) 2020年12月2日
製作の目的
パワードスーツに流体機械を用いた力増幅システムを採用しようとしています。その有効性の検証が目的です。
目標諸元:
- 人体の操作力に比例したシリンダ出力
- 生卵をつかんで運べるほどの繊細な制御
- リンゴを潰せるほどの最大荷重(60kgF)
パワーアシストの仕組み
参考資料
単純な流体アクチュエータは、電磁弁とシリンダで構成されています。
比例制御弁とセンサを組み合わせると、"力"のフィードバック制御が可能になります。
サーボ弁には最初からセンサが組み込まれており、流量や圧力を単体で制御できます。
比例制御弁は、コントローラを経てアンプに指令信号が与えられると、信号に従って作動油の流れ方向と流量を比例制御弁が定め、シリンダを動かします。これに対してサーボ弁は、油圧アクチュエータ(シリンダ)に取り付けられたセンサ(位置、速度、圧力、力など)からのフィードバック信号を受け、指令信号との偏差に基づいて、サーボ弁を駆動します。比例制御弁は開ループ制御、サーボ弁は閉ループ制御です。 出典:Tech Note/電気操作弁の構造と作動原理:油圧の基礎知識7
Boston Dynamicsの2足歩行ロボットAtlasは機敏でパワフルな動きが特徴ですが、動力源は油圧です。独自開発の小型・軽量・高応答のサーボ弁(ロータリーバルブ)によって制御されています。
出典:Boston Dynamics/発表動画
出典:Google Patents/Rotary Valve Assembly最も普及している流体パワーアシスト装置は自動車の油圧パワーステアリングです。
コントロールバルブはハンドルの回転角とタイヤの切れ角の回転角度の差によりパワーシリンダーの左右の油圧の経路を切り替えてハンドルとタイヤの切れ角が連動するような動作をします。
出典:山本ワールドメカニカルサーボ弁は油圧パワステと同様に、機械的フィードバック制御が組み込まれています。工作機械のならい制御に使われています。
どうやってDIYでパワーアシストを実現するか
耐圧3Dプリントを活用して小型・軽量・高応答なメカニカルサーボ弁を自作することで、パワーアシストの実現を試みます。このプロジェクトでは調圧バルブと呼称しています。
弁体に加わる流体力とスプリング荷重がバランスしている状態から、人体の操作力を加えることでバランスを崩し、入力荷重に比例した圧力に制御します。
調圧バルブをシリンダに接続することで、入力荷重を増幅してシリンダから出力できます。
水圧シリンダの開発
なぜ水圧?
開発初期は、圧縮空気ではなく水道水を採用しました。水は空気よりも圧縮性が小さく、圧力容器内に蓄えられるエネルギー量が小さいため、万が一に装置が破裂した場合でも部品の飛散によるリスクが小さくできます。また、蛇口に繋ぐだけで動力を得られるメリットもあります。
水道水の特性調査
自宅の水道水の供給圧力を調べました。配管内の流体は流量に応じて圧力損失が生じるため、流量と供給圧力の関係も調べました。
計測結果から、次の設計条件を得ました。
- 最大水道水圧は0.225MPaG
- 目標諸元を達成するためにシリンダ断面積2600mm2が必要
- 設計圧力を0.3MPaGに決定
シリンダ素材の選定
シリンダは円筒度や表明粗さの条件が厳しいため、市販のパイプ材料を使用することにしました。塩ビ、アルミ、アクリルの強度や加圧時の直径増加量を比較しました。
比較の結果、外形Φ32厚さ1.5mmのアルミパイプを選定しました。必要な断面積を確保するため、シリンダを複数本束ねてクラスター化する方式としました。
ピストンロッドの強度計算
構造上、主要な荷重は引張であるため、引張強さに対する安全率を確認しました。
タイロッドボルトの強度計算
こちらも主要な荷重は引張であるため、引張強さに対する安全率を確認しました。
シリンダカバーの強度評価
シリンダカバーの内部に複雑な流路を設ける必要があったため、耐圧3Dプリントで製作しました。フィラメントはABSです。強度はFuson360の静応力解析で評価しました。
設計圧力の1.5倍の圧力で耐圧試験を実施し、割れや変形が生じないことを確認しました。
シリンダカバーの反り対策
3Dプリンタで印刷したところ大きく反ってしまったため、立体ラフトを設けることで反りを防止しました。
調圧バルブの開発
スプリングの選定
調圧バルブのケーシング内部に6つのスプリングが使用されています。弁体に加わる流体力とちょうど釣り合うように、バネ定数や自由長さを選定しました。
軟質フィラメントによる弁体・ガスケットの製作
弁体とガスケットはTPUフィラメントで製作しました。
ケーシングの強度評価
耐圧3Dプリントによりケーシングを製作しました。フィラメントはABSです。強度はFuson360の静応力解析で評価しました。
TPUガスケットと組み合わせて設計圧力の1.5倍の圧力で耐圧試験を実施し、割れや変形が生じないことを確認しました。
単動型から複動型へ
最初は出力ポートが1つの単動型調圧バルブを開発し、単体での性能評価を行いました。シリンダを複動動作させる際に出力ポートが2つあると都合が良いため、後に複動型調圧バルブを開発しました。
性能評価
調圧バルブに水道水を供給し、入力荷重に応じて吐出圧力が変化することを確認しました。
調圧バルブのバネを調整して実験。荷重を入力→圧力を出力。 pic.twitter.com/zWlPmUZhTA
— Nii (@neet2121) 2020年5月4日
詳細なデータを得るため、入力荷重、吐出圧力、吐出流量を同時に計測しました。
調圧機能は概ね理論値通りであり、若干のヒステリシスがあることが分かりました。
バルブの容量(Cv値)の実験値も取得できました。理論値を求めることが難しく、実験値からシリンダの動作速度を予測できるようになるため、非常に重要なデータです。
実証機の構造
高強度丸棒固定構造
3Dプリント部品で丸棒を強固に固定しました。 以前に木工用で考えた構造を改良しています。
板金部品
板金は外注しました。SUS304、板厚1.5mmです。部品をランナーでつなぐことで、費用を抑える工夫をしています。
結果とまとめ
- 調圧バルブが完全に機能していることを確認しました。
- 生卵をつかんで運べました。
- 空き缶やリンゴを軽々と潰すことができました。
以上より、調圧バルブを用いた力増幅システムがパワーアシストに有効なことを実証でき、その設計手法を確立しました。