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ものづくりの記録

Fusion360で3Dプリントの反りやすさを評価してみた

ABSなどの反りやすいフィラメントをFDM方式の3Dプリンタで使用する場合、モデルやラフトの形状によって反りやすさが大きく変わります。この記事では3Dモデルの段階で反りやすさを評価する手法を提案し、反りを低減するモデル形状やラフト形状のいくつかのアイデアを比較・評価します。大型造形や高強度なモデルで特に効果が期待できますが、プリンタやフィラメントの特性上で反りが避けられない場合にも活用できると思います。

反りのメカニズムと一般的な反り対策は前回記事を参照してください。

参考資料

  1. Fusion360でFDM方式3Dプリンタや光造形プリンタの反りの解析にチャレンジしているTwitterまとめです。先行事例として参考にしました。 togetter.com
  2. 前回記事でも紹介しましたが、FDM方式の反り現象がモデル化されている文献で、CAEの解析条件で参考にしました。 https://re.public.polimi.it/retrieve/handle/11311/1048317/500049/RCIM-2018%20postprint%20%281%29.pdf

CAEでプラットフォーム剥離応力を求める

1. 使用するモデル

いかにも反りやすそうな星形モデルで、プラットフォームからモデルを剥がそうとする応力の算出を試みます。本記事では一般的なラフトが無い形状で解析を実施します。 f:id:neet2121:20200725115125p:plain

2. 収縮領域の範囲と熱ひずみ量を求める

FDM方式の3Dプリンタでは、1層積層するたびに収縮領域が生じます。(反りの過程は前回記事を参照)
収縮領域の高さはガラス化遷移温度まで昇温される最大範囲です。既に積層されている部分も伝熱によりガラス化遷移温度まで昇温されることが特徴です。
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収縮領域の高さは、参考資料によると1次元(高さ方向)の熱伝導方程式を展開した次式から求めることができます。
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収縮領域で生じる熱ひずみは、
  熱ひずみ=材料の線膨張係数 × (ガラス化遷移温度 - 周囲温度)
で求めることができます。
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3. CAEで収縮領域を模擬する

Fusion360は非商用やスタートアップの用途では一部の解析を無料で使用することができます。今回は熱応力解析を利用します。熱応力解析では、熱ひずみ量を直接入力できないため、収縮領域の温度を初期温度から下げることで熱ひずみを模擬します。収縮領域に設定する温度を次式で求めます。
  収縮領域の初期温度=材料の初期温度 - (ガラス化遷移温度 - 周囲温度)
収縮領域とそうでない部分のボディを分け、ボディ毎に指定温度を設定します。 線膨張係数や、その他の物性値はFusion360にプリセットされている「ABSプラスチック」の値をそのまま使用します。

下面はプラットフォームへの接着面を模擬し、固定とします。

今回の解析条件をまとめます。
<プリント条件>

積層ピッチ ノズル温度 ガラス化遷移温度 周囲温度
0.1mm 240℃ 100℃ 50℃

<解析条件>

収縮領域高さ 収縮領域温度 非収縮領域温度 拘束
0.184mm -30℃ 20℃ 底面全方向

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4. 解析結果の考察

上記の解析条件で得られる結果は、ある高さで1層積層し、冷却が進行したときに生じる応力分布です(すべての積層が完了したときの合計の応力ではありません)。今回はプラットフォームとの接着面の剥がれやすさを評価したいため、接着面のZ方向応力を可視化します。
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端部でプラットフォーム剥離応力が集中的に大きくなっている様子が分かります。 積層高さを変えて熱応力解析を実施し、積層高さによる違いをグラフにプロットしてみました。
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結果をまとめると以下の通りです。

  • プラットフォーム剥離応力はモデル底面の鋭角な端部で応力集中する。
  • プラットフォームに近い積層面ほど、積層毎に生じるプラットフォーム剥離応力が大きい。
  • 積層高さが高くなるほど、積層毎に生じるプラットフォーム剥離応力は小さい。

以上から考察すると、モデル底面端部の応力集中を緩和することで、プラットフォームからの剥がれを抑制できる可能性があります。また、プラットフォームに近いほど大きな剥離応力が生じることが特徴で、ヒーティングプラットフォームは低層領域の大きな熱ひずみを緩和する効果が期待できます。
適当に2次関数でフィッティングして積算値を求めると、238MPaでした。プラットフォームが剛体であったり、ラフトが無かったり、ヒーティングプラットフォームによる効果を無視した条件のため、実際よりも相当に大きな絶対値になっている可能性があります。絶対値での評価が難しいと思われるので、この形状を標準形状とし、標準形状に対して何%に改善されるか、という指標でモデルやラフトの効果を確認していきます。

モデル形状による反り対策アイデア

シェル化

シェル化した際のプラットフォーム剥離応力を確認します。星形の全長50mmに対し、シェル厚さは1mmに設定しています。
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プラットフォーム剥離応力の積算値は、標準形状に対し74%に低減されました。
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インフィル

シェルの厚さはそのままで、六角形インフィルを付加しました。
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プラットフォーム剥離応力の積算値は、標準形状に対し78%で、シェルのみの場合と近い値でした。 インフィルを活用してシェル厚さを薄くすることで、強度を確保しつつ、プラットフォーム剥離応力を低減できる可能性があります。 f:id:neet2121:20200726141537p:plain
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切り欠き(R)追加

標準形状に対して、端部の応力集中を低減することを狙ってR形状の切り欠きを追加しました。
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切り欠きを追加できるモデルは限られますが、プラットフォーム剥離応力の積算値は標準形状に対して70%まで低減できました。
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スリット追加

標準形状に対して、端部付近の水平方向の剛性を下げることを狙って、スリットを追加しました。
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プラットフォーム剥離応力の積算値は、標準形状に対して82%まで低減できました。ただし、積層位置によってバラつきが大きいため、積算値の真の値はズレがあるかもしれません。 f:id:neet2121:20200726191040p:plain
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ラフト形状による反り対策アイデア

立体ラフト

実際にインフィル充填100%のモデルで効果があった構造です。 f:id:neet2121:20200726191830p:plain

積層高さ数ミリのところで、ヒーティングプラットフォームの効果が弱くなり、1層毎に生じるプラットフォーム剥離応力がピークを示すと考えられます。その層を狙ってモデルと立体ラフトを結合し、モデル本体部分をモデルの外側へ引っ張ることで、プラットフォーム剥離応力を劇的に低減させる効果を狙ったものです。
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小さくても効果がでるようCAEで構造を追い込んでみました。
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プラットフォーム剥離応力の積算値は、標準形状に対して65%まで低減できました。立体ラフトとの結合層でプラットフォーム剥離応力がマイナスの値になっているのが特徴で、狙った効果が出ているようです。立体ラフトを多層化しモデル本体との結合箇所を増やすことで、さらに効果が期待できます。 f:id:neet2121:20200726200949p:plain
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反り対策アイデアまとめ

今回提案した反り対策アイデアをまとめて比較します。
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  • モデルから形状を差分する方法では、プラットフォーム剥離応力を70~80%程度に低減できる可能性があります。
  • 立体ラフトを用いるとプラットフォーム剥離応力を65%程度に低減できる可能性があり、立体ラフトを多層化することでさらに効果が見込めます。

プリント結果の確認

実際に反り対策アイデアを3Dプリントし、効果を確認しました。 f:id:neet2121:20200727025624p:plain

出力要領

  • フィラメント:Flash Forge ABS オレンジ
  • 出力環境
    • 3Dプリンタ:Adventurer3
    • ノズル径:0.4mm
    • 保温:無し(夏場に実施)
  • 前処理
    • プレヒート
      • ヘッド:220℃
      • プラットフォーム:100℃
      • プレヒート時間:10分
  • 後処理
    • 熱処理:なし
    • 表面処理:なし
  • スライサー:Flash Print
  • プリント設定:ABS-Hydro-01に対し、積層ピッチを0.1mmに変更

結果

反りが無い部分の厚さ5.00mmに対し、次のような反りが確認できました。この中では、シェル化が一番反りが少なく、次に立体ラフトが効果がありました。スリットについては造形が一部潰れてしまいました。 f:id:neet2121:20200727031553p:plain
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まとめ

  • Fusion360 CAEの熱応力解析を利用し、収縮領域の熱ひずみを模擬することで、FDM方式3Dプリントの反りやすさを評価できました。
  • 反り防止対策形状としてモデルから形状を差分する方法や、ラフトを立体化する方法を提案し、CAEで反りやすさを比較しました。
  • 実際に3Dプリントを行い、反り防止の効果を確認しました。